忠貫くも報われず、苦悩の人17. 会津藩家老 西郷頼母邸跡
鶴ヶ城正面の追手町(おうてまち)にある、会津藩家老・西郷家の屋敷跡。
戊辰の頃の当主・西郷頼母(たのも)は、苦悩の人であった。
藩主・松平容保(かたもり)の京都守護職就任に反対し、
新政府軍との戦争にも、恭順を唱えてきた。
しかし、受け入れられず、いざ籠城戦を前にして、
無念にも城を退去することとなる。
一方で、城下の屋敷に残して来た、母や妻子など二十一人は、
新政府軍が至る前に、環座(かんざ)になって、自刃している。
その死を知った頼母の悲痛は、いかばかりだったろう。
己の信ずる「忠」を貫いたが、報われず―。
それでも、故郷への想いは絶ちがたかったのか、
晩年は会津若松に戻り、十軒長屋にて、ひっそりと、その生涯を終えている。
- ■所在地 :
- 福島県会津若松市追手町
- ■公共交通 :
- ハイカラさん・あかべぇ、北出丸大通り下車 → 徒歩1分
- ■駐車場 :
- なし
- ■料金 :
- 見学自由