vol.5 大内宿 半夏まつり

ハレの祭りは、夏の中

抜けるような青空の中、立ち並ぶ茅葺きの屋根。 夏を纏(まと)って幟(のぼり)がはためく。

会津の地、江戸時代の宿場を思わせる大内宿。 のんびりとしたこの集落に、 また訪れる、半夏生(はんげしょう)。

獅子舞と、高下駄履いた天狗の面、 神様おわす御輿を護り、年に一度、御山を降りる。

白装束と黒烏帽子、古式ゆかしい行列が、 緑の海成す田んぼの道を、 しゃなりのんびり、往き過ぎる。

聞こえ来る祭り囃に、人びとは皆、心躍らせて、 常とは違うハレの日を、 土地に根付いた人も、外からの稀人(マレビト)も、 皆晴々しく、等しく祝う。

豊かな田舎に息づく、素朴な祭り、 大内宿「半夏まつり」の物語り。

御神のおわすところ、歴史あり

「半夏まつり」は、 会津の大内宿にて古くから執り行われている、 古式ゆかしい伝統行事。

毎年、夏の中ごろ、七月二日。 仏教で言う半夏生の日に行われるので、 「半夏まつり」と呼ばれている。

半夏生の頃は、季節柄、大雨が多いという。 けれども、「半夏まつり」は、必ずこの半夏の日に行われ、 そうして、絶えることなく今日まで続いている。

後白河天皇の第二皇子(第三皇子とも)、 高倉以仁王(もちひとおう)の御霊を祀った「高倉神社」。 御神の宿るその場所が、この祭りの出発点だ。

神社での神事が無事に済むと、 白装束を身に纏い、黒い烏帽子を被った村の男たちが現れる。

彼らは神輿を担いで粛然と行列をつくり、 家内安全、五穀豊穣を祈念する。

遠くから祭り囃が響いてきたら、 さあ、今年も「半夏まつり」がやってくる。

集落を上げて、祭りに耽る

祭りの前日には「宵宮祭」がある。

行灯(あんどん)やろうそくなど、昔ながらの灯りの中で、 祭礼の段取りの最後の確認をする、祭りの責任者たち。 そして、お神酒で乾杯した後、「おこもり」が始まる。

夜中まで鳴り響く笛や太鼓の音は、 これから来る非日常への期待を高めてくれる。

夜が明けて、いよいよ祭りの当日。 白装束の男衆が拝殿の前に並んで祭礼を行い、 それから、緑に守られるようにして佇む神社を後にする。

獅子が露払いを務め、天狗が鈴を鳴らして歩く。

神輿を担いだ白装束の男衆。 子どもらもまた揃いの白い装束で、 神様の御道具、長櫃(ながびつ)を、恭しくお運び申す。

ひと際目立つ赤い御傘の更に上には、柔らかな夏の風が通り過ぎ、 道の両脇に広がる田んぼの、青々とした稲をさわりと撫でる。

行列を追う普段着の人びとは、皆、いかにも楽し気だ。

一方、大内宿の集落の中には、山車(だし)が出ている。 力を合わせて引っ張るのは、法被姿の子どもたち。

その小さな祭の担い手を、見守る大人たちの目は、やさしい。

大内宿の、長閑なじかん

そんな厳かな神事の中にも、 この土地が持つ大らかさは、優しくにじむ。

怖いお顔の天狗も、神社の階段を降りる時には、 ぽいと高下駄を脱いでしまう。

行列の者らは、「ずるすんな」と笑いながら窘(たしな)めるが、 当の天狗は、「落ちたりしたら、なじょすんだ」と、 からりと笑い、実にあっけらかんとしたものだ。

休憩所では行列にお神酒が振舞われ、 子どもらにはラムネのご褒美。 清らかな山の水で冷やした、一級品のお味に一同、喉を鳴らす。

「ゆっぐりゆっぐり、休みがでらなあ」

祭の男衆らはそう言って、観光客の前でも、のんびり、のんびり。 まるで時間がゆっくり、清浄に流れているようだ。 これが、あの素朴な茅葺き屋根を守る人びとの、じかんの感覚。

そんな中で、子どもたちはお揃いの藁草履を履きながら、 無邪気に笑い合っている。

ああ、長閑(のどか)―。 今の世にあって、まるで別天地のような、長閑さだ。

ここは何か、人間の求めて已(や)まないものを、 ふんわりと内包している―、そんな気がした。

祭りの合間に、ひとやすみ

行列の衆らに倣(なら)って、ちょっと休憩と洒落こもう。 どうせなら、この土地の味覚も堪能しておきたい。

時代と趣を感じる茅葺きの民家の内からひとつを選び、 そのお店にて頼んだのは、大内宿名物「高遠そば」。 長ねぎ一本がそばに突き刺さり、その様には実に驚かされる。

添えられた棒ねぎで、そばを掬(すく)って、つるりと一口。 生の葱はつんと辛く、つゆとそばとも良く合って、 鼻にも胃にも、その刺激は心地好く沁み渡る。

そばを啜(すす)っている間にも、お囃子の音は聞こえてくる。

神妙なのに、どこかおどけた笛の音、 そして、威勢の良い太鼓の響き。

それは遠くから流れてきて、 ―ああ、近くなった、と思ったら、 そうして、すぐまた遠ざかる。

そばの他にも、もう一品、どうだろう。 会津の郷土料理「こづゆ」は、やさしいお味に具だくさん、 天然の岩魚(イワナ)も、捨てがたい!

おっといけない。 あまり欲張っては、祭りに置いて行かれてしまうかもしれない。

だけど、この土地に根差した味覚は、実に実に、魅惑的―。

伝わる祭り、伝える人びと

最後の休憩所である宮司の本家にて奉納の儀が終わると、 行列は「高倉神社」へと帰っていく。

これで今年の「半夏まつり」は、おしまい。 また来年が、待ち遠しい。

大内宿の人びとの妙(たえ)なる努力で、 「半夏まつり」は、来年もその次も、 ずっとずっと、続いていくだろう。

伝承は親から子へ、脈々と受け継がれていく。 a 彼らはきっと、我々が思うよりずっと多くのものを、 そして、ずっと大きなものを守り続けているのだろう。 素朴な笑顔で、ゆっくりゆっくり、休みながら―。

優しい緑の田んぼの畦道、 茅葺きの民家の建ち並ぶ集落。

もしかしたら、神様も神輿をそっと抜け出して、 こっそりと人びとの波に混ざりながら、 この夏の日のお祭りを、楽しんでいたのかもしれない。

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