vol.6 喜久屋パン店

歴史匂い立つ

七日町通りをいくらか入ったところ。 小さい緑の庇(ひさし)が目に眩しい。

KIKUYAの屋号が白抜きされている。 クラシックとモダンが融合したような店構え。 扉には大きなガラス窓がはめ込まれ、 思わず覗き込みたくなる。

近づくにつれ、パンの匂いが鼻腔をくすぐる。 扉を開けると、体中をパンの匂いが包み込む。

昭和7年より続くという「喜久屋パン店」。

祖父の代から続く伝統の味と、 若旦那が切り開いていく新しい時代の味。 その両方が並ぶこのお店は、 会津の人々に豊かさをもたらしている。

長年に渡って、人々のお腹と心を満たしてきた、 「喜久屋パン店」の物語り。

80 年、という重み

喜久屋は創業以来、80年も続く老舗パン屋。

それだけの長い年月、 ひとつの屋号を守り抜くというのは、 並大抵のことではない。

戦前、現在の若旦那の祖父が立ちあげたこの店。 初めのうちは順調かに思えたが、第二次世界大戦の混乱の中、 やむなく店をしまうことになる。

戦後すぐも、材料の入手が困難で 店にパンを並べるだけで苦労したこともあったと言う。

その後、学校給食の始まりや食生活の欧米化によって、 急速にパンの消費需要が高まり、製菓・製パン業は軌道に乗る。

しかし、近年になり、製造のシステム化や大規模化の流れに伴って、 多くの個人商店は店を畳まざるを得なくなる。

そんな中でも、喜久屋はしぶとく、 たくましく生き残り、人々のためにパンを作り続ける。

80年もの間続けてこれたのは、店に対する地元の人たちの愛着と、 3代目として汗を流す、 若旦那の努力があるからに他ならない。

若旦那、ここにあり

3代目として店を任されているのは久住川浩幸さん。 実は久住川さんは、元々パン屋を継ぐつもりはなかった。 若い頃は音楽が好きで、アメリカへ行くなど本格的に学んでいた時期もあった。

しかしあるとき、店で働いていた人が怪我をして 人手が足らなくなり店を手伝うようになる。 あれよあれよという間にパン作りの面白さに目覚めて、今に至る。

「日々、パンと向き合っていると、伝統の大切さを感じる」と久住川さんは語る。 昔と変わらない製法で、昔と変わらない味を守り続けていく。 「だって、昔と変わらぬ味を楽しみにしているお客さんたちがいるから」

一方、新しさを取り入れることも忘れない。 昔は店頭に並んでいなかった新たなパンを、いくつも開発していく。 最近では、クロワッサンが人気だという。 値段もお手頃で、みんなが手にとっていく。

「一番嬉しいとき? お客さんに美味しいって喜んでもらえるときに決まっています」

口下手な若旦那は、 照れ笑いを浮かべながらも、そう言い切る。

愛され続ける、ふたつの「パン」

喜久屋には様々なパンが置かれているが、 その中でも最も古株にあたるのが 「タマゴパン」と「カタパン」のふたつ。

タマゴパンは乾パンを甘くしたクッキーのような洋菓子で、 その小ささから、いくらでも食べてしまえそう。 カタパンはその名の通り、石のように固いが、 噛むほどに奄美が出てきてクセになってしまう。

どちらも古くから愛されていて、 県外からもお客さんが買い求めに来るほどだ。

すべてのパンは手作業によって作られている。 ぬくもりあふれる喜久屋のパンを一口頬張ると 幸せが体の奥にまで届いてゆくようだ。

青と緑のレトロな包装紙も洒落ていて、 きっとみんな捨てられないに違いない。

先代の存在

先代である親父さんも現役で働いている。 父と子。パンを愛する気持ちは同じなれど、流儀はそれぞれ。

「誠実さを重んじたいんですよ」と、久住川さんは言う。 誠実さとは、本当に美味しいものだけを届けたいということ。 そのためには、とことんこだわって作りたい。

一方、親父さんは生産性や効率にも目を向ける。 商売人として長年喜久屋を引っ張ってきたからこその、 考えというものだろう。

時に親子でぶつかることもあるが、 それでも、久住川さんは親父さんに尊敬の念を抱く。

「何て言うかね、おおらかなんです」 自分とは違う意見を受け入れる度量の大きさや、 ミスを簡単にカバーできてしまう柔軟性では、 親父さんの域に達していないと言う。

親父さんは未だ現役。 その背中で、息子に語るべきことはまだまだある。

会津の地で、ずっと

お祖父さん、親父さん、若旦那。 「喜久屋パン店」の看板を背負う人は、 時代とともに移り変わる。

店の建つ場所だって変わる。 これまでに2度、引っ越しをした。 店の外装だって、その度に変えてきた。

商品のラインナップだって時代に合わせて。

昔はタマゴパンなどの洋菓子が中心だったが、 今ではクロワッサンやフランスパンなど、 本格的なパンに重点を置いている。

時代の流れとともに、様々なことが変化する。 それは必然で、避けようのないことなのかもしれない。

それでも、この会津の地で、 喜久屋パン店が、パンで人々を笑顔にし、心に豊かさを届けたいという気持ちは、 いつになっても変わることがないはずだ。

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