vol.6 「蕎麦酒菜 祥」高橋祥子女将

会津、ただよう蕎麦の香り

会津若松市の中心、大町。 そこに一軒の蕎麦屋がある。

会津の粋を思わせる、風流な店構え。 暖簾をくぐってまず目につくのは、囲炉裏のある景色。

「蕎麦酒菜 祥」―、それがこのお店の名前だ。

会津で採れたそば粉、地酒や山菜など、 できる限りこの土地のものを。 さらに、お店に出す食材は、全て天然のものと心がけている。

蕎麦を打(ぶ)つのは、女将の高橋祥子さんだ。 彼女は板前の旦那さんと一緒に、 こだわりの詰まった店を守っている。

そば粉にこだわり、製法にこだわり、 祥子さんは今日も蕎麦をぶつ。

それにしても、女性の蕎麦打ちとはめずらしい。 彼女はいかにして蕎麦の道に進んだのか。

彼女の、会津の地に対する強い想いを知る―、

「蕎麦酒菜 祥」高橋祥子女将の物語り。

蕎麦を、ぶつ

女将の打つ蕎麦は、つなぎを一切使わない。 粉はそば粉だけ。十割蕎麦だ。

そば粉は生き物。 蕎麦を打つ人間の、心が全部現れる。

そば粉に入れるのは水と、それからお湯だ。 お湯で蕎麦の粘りを出し、あとから水を入れて調節する。 分量は季節やそば粉の状態によっても変わる。

蕎麦は手の感覚が勝負。 触って、肌で感じる。いわば勘だけがたよりだ。 硬かったり柔らかかったり、 失敗を繰り返しながら、段々と身につけてきた。

ところで、彼女は蕎麦をぶつ、と言う。 麺棒でぶつようにして蕎麦を打つのだ。 この打ち方で、伸し蕎麦とは違うコシが出る。

ことこと、かたかた。 女将の蕎麦打ちは、リズミカルな音がする。

そばも、腕も、一本勝負

高橋さんご夫婦は、 もともとこの会津の地で料理屋を営んでいた。 会津の山菜やきのこ、川魚が売りだ。

宴会に来るお客様が、蕎麦を持って来ることがあった。

まだ蕎麦打ちの経験はなかったけれど、 お裾分けにと頂いた蕎麦に触れ、食べるうちに、 段々と蕎麦の質が分かるようになった。

そんなある日、女将は素晴らしい蕎麦に出会う。 彼女は、その蕎麦を打った人物の元に押しかけ、 なんと、そのまま弟子入りしてしまったのだ。

「私はこの蕎麦で勝負してみたい」 ―こうして「蕎麦酒菜 祥」は始まった。

そば粉はもちろん会津産。 女将の打つ蕎麦は、薄い灰色の美しさとコシの強さが魅力的。 山菜やきのこ、川魚はご主人が山に入って採ってくる。

「蕎麦酒菜 祥」で使う材料は、全てが天然のものだ。

「祥」のこだわりメニュー

元料理屋だけあって、「祥」のメニューは多彩だ。

まずは何といっても「山菜そば」。 女将の打った蕎麦と、ご主人の採ってきた新鮮な山菜。 つるつるしこしこの食感と、滋味あふれる風味のハーモニー。

それから、そば粉を練った「そばがき」。 これはそば粉に自信がある店でなければ、出すことのできない品だ。

オリジナリティ溢れるメニューも揃っている。

そばがきを揚げた「グー揚げ」。見た目が拳に似ているのと、 食べたお客様がぐぅ、と唸ったというのが名前の由来だ。 味噌田楽や厚焼き卵、さっくり揚がった山菜のてんぷらに、 囲炉裏で焼く香り豊かな岩魚の香り。 お客様の声に応えてできた、「ただのカレー」なんてものもある。

極めつけに珍しいのは、「蕎麦の刺身」だ。 わさび醤油でいただけば、お酒のつまみにぴったりだ。 まさに、蕎麦にこだわるお店ならでは。

お酒は全てご主人が試した、会津の名酒。

店で出す器も、地元のものにこだわっている。 会津美里町の窯元(かまもと)で作られた、「本郷焼」。 好きなものを選び、時には頼んで作ってもらうのだ。

地元を意識した店づくりといえよう。

会津で生きる、覚悟

そんな地元思いの女将のもとへも、“あの日”は等しく訪れた。

東日本大震災――。

会津には、直接的な被害はそれほどなかったけれど、 ここは同じ福島県である。

今まで来てくれていたお客様が、ぱったりと途絶えた。 店に来たお客様は、山菜は要らない、蕎麦だけでいいと言う。 どんなに会津のものは大丈夫だと言っても、 簡単には受け入れられない。

それでも自分なりの“誇り”を失ってはいけないと、女将は言った。

「お客さんがね、大丈夫だった? って電話をくれたんです」

救われる思いだった。震災は女将にとって、 自らの誇りを、大切なものを、 再確認するきっかけになったのだ。

これから十年、二十年と、この土地は長い戦いに身を置くことになる。 風に乗った言葉というのは、短い期間で消えるものではない。

あの震災で、たくさんの人が多くのものを失った。 津波に流され、着の身着のまま逃げて来た人もいれば、 あの震災で家族を失くした人たちもいる。

「あたしは、そういう人たちにはほんとうに手を差し伸べたい。 そのためには、自分がしっかり覚悟しないと」

嘘はつかない

「蕎麦酒菜 祥」では、最近、 お抹茶とお菓子のサービスを始めたそうだ。

「会津ではあまり抹茶を飲ませる店がないんですよ」 普段着でも気軽にお茶を飲みに行ける場所が理想だという。

実は女将、店の傍ら、蕎麦打ち教室や出張蕎麦打ちもやっている。

女将の会津に対する想いは、商売への想いだ。 商売に嘘をつかない。 1人1人を大切にする、おもてなしの心。 それがまた、会津の評判へと繋がる。

正直な商売をしていれば、会津は良い場所になる。 中身のある会津になれば、お客様はきっとまた戻って来てくれる。

彼女が自分の商売に一本気なのは、 やっぱり会津への熱い想いがあるからかもしれない。

鶴ヶ城の季節

会津のシンボルは城。 そびえ立つ鶴ヶ城だ。

真冬と、それから春が良い。

「会津の桜は東北一だ」と、女将は言う。 石垣のあたりに、競うように咲き誇るピンク色の花々。 凛とした美しさをはっきりと示し、 散り際も絢爛で潔く、まるで会津乙女のようだ。

それから、真冬の城の雪灯り。 ライトアップされていない時間の、微かな雪の明るさが素晴らしい。 雪を踏んで歩く音。 冬の静かな景色に、じんと沁み渡る。

女将はこの季節たちを、こよなく愛している。

根付く、おもてなし

この蕎麦どころ会津で、 商売を、人生を、蕎麦で勝負すると決めた祥子女将。

どんな苦難が訪れようとも、 彼女の一本気な商売は、 今日も会津の地に深く根付いている。 会津の実りや豊かな水をありがたく受けた、自然の恩恵の品。

自慢の蕎麦と、 お客様を想って作られる多彩な料理。 女将が自ら点てるお茶。

お客様や地元に暮らす人たちへ、 憩いを提供する真っ直ぐな想いを届ける商いだ。

1人1人を大切にする、おもてなしの心。 満開の桜の頃に、 真冬の雪のつもる頃に、 そっと訪れるのはどうだろう―

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