vol.5 「ホテル&リストランテ イル レガーロ」小椋潤シェフ

Buon appetito !

裏磐梯高原は五色沼の入口近く。
雑木林の続く気持ちの良い道路沿いに、
多色煉瓦と二本の尖塔が印象的な、西洋風の建物がある。

木々の緑に癒されながら、
本格的なイタリア料理を堪能できる、
「ホテル&リストランテ イル レガーロ」。

美しい絵皿やワインボトルが飾られた、
イタリアムード満点のダイニングで供される、
地元の食材を生かした料理は、高原リゾートのランチにぴったり。

お気に召せば併設のホテルに宿泊して、
ワインを傾けながら、優雅なディナーという楽しみ方もできる。

この夢のような食空間を提供しているのは、
オーナーシェフの小椋(おぐら)潤さん。

生まれも育ちも裏磐梯という小椋さんが、
いかにしてイタリア料理の道に入り、
どんな想いを持って日々料理を作っているのか。

しばし、その物語りに耳を傾けてみよう。

トマトパスタの衝撃

裏磐梯で生まれ育った小椋さん。

ご両親がプチホテルを経営していたこともあり、
小さい頃から料理はよく手伝っていた。
仕事として料理をやっていこうという気持ちも、
こうした中で、自然に生まれたものだった。

高校卒業後、小椋さんは東京にある服部栄養専門学校に入学した。
力を入れて勉強したのは、
当時、洋食の主流とされていたフランス料理だった。

転機はたまたまアルバイトに行ったイタリア料理店で訪れた。
そこで賄(まかな)いに出されたトマトソースのスパゲティ。

それまでスパゲティと言えば、
「ナポリタン」のイメージしかなかった小椋さんは、衝撃を受けた。
トマトだけのシンプルなソースが、こんなに美味しいとは!

その後、素材をそのまま生かす、
イタリア料理の哲学を知るにつれて、
小椋さんは、益々これに心を惹かれていった。

イタリア料理のシェフとして

イタリア料理に魅了された小椋さんは、
専門学校卒業後、イタリア料理店に就職した。

八年間かけて都内の数店を回り、
みっちりとイタリア料理の修業をした。

そして二十代が終わりに近付いた一九九九年、
故郷の裏磐梯、五色沼入口に、
新しく自分の店「イル レガーロ」を開いた。

もちろん、未だ勉強は途上。
特に本場イタリアの料理を知らなくては、という想いは強く、
店を開いて以降はイタリアにも通い始めた。

現地での食べ歩き、
知人を介した人との交流。

さらには、イタリアでの調理体験も積みながら、
本場の素材の生かし方を学び、
イタリア産食材の調達なども行ってきた。

小椋シェフの「レガーロ(贈り物)」

「イル レガーロ」のメニューには、
小椋シェフの哲学が色濃く反映されている。

野菜サラダには、
自家菜園で採れた素材と近所の農家から購入した素材が、
季節ごとに最適なバランスでミックスされ、
それをイタリア産オリーブ油とバルサミコ酢が、
きっちりまとめている。

パスタは、基本のスパゲッティ、
自家製の生フェットチーネ、
さらには地元産そば粉のパスタも用意され、
それぞれに合わせて自家菜園のナスや、
フォンティーナチーズのクリームソースなどで仕上げられる。

肉料理にはビーフステーキの他に、
「エゴマ豚のソテー 自家菜園野菜添え」があり、
福島県が普及に努めている「エゴマ豚」を、
美味しく食べてもらう工夫に余念がない。

美味しさを追求すると

小椋シェフの地産地消へのこだわりは相当なものだ。
店の裏に自家菜園を作り、畑仕事も自分でやる。

地元の農家の人たちとの交流も大切にしており、
地豆を使った料理の提案で、農業雑誌に載ったこともある。

重要なのはそれが、イタリア料理のシェフとして、
美味しさを追求することから来ている点だ。

「イタリア料理の発想というのはそもそも、
素材を生かす、土地と結び付いたものなんです。

イタリアに行くと、
各地に、その土地にしかない素材があって、
それが本当に美味しい郷土料理になっている」

小椋シェフは、そう語る。

「だから、ここでやるからには、
地元の素材を生かそう、というのは、
イタリアンの料理人として、ごく自然な発想なんです」

震災を乗り越える

地産地消と言う以上、
原発事故と放射能の問題は避けて通れない。

ここ裏磐梯では、線量の上昇もほとんど見られなかったが、
あの事故以来、客足はガクンと落ちた。

風評の恐ろしさだ。

「この地域では普通に食べて、普通に暮らしているのに、
というくやしさは、確かにあります」
と小椋シェフは言う。

一方で、見えない物ゆえの不安も理解できる。
だから小椋シェフは、菜園や敷地内の線量を、自分で計る。

「安全が確認された地元の素材を使い、
美味しい物を作ってお出しする。
その当たり前の努力を続けていくこと。
普通に、ごく普通にぼくらがやっていくことが、
結局は、安心につながるんじゃないかと」

訥々(とつとつ)とそう語る小椋シェフの口調には、
イタリア料理のシェフとしての矜持(きょうじ)と、
故郷を愛する会津人の矜持が、
見事に融け合っている―。

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