ガールズイラストレーター瀬戸楠葉さん
楠葉さんと「会津物語」― 世界観、融和。
たおやかに、優しげに、そして、どこか懐かしい「和」の風情。
それでいて、凛と芯の強さを感じさせる、晴れ着を纏った女性たち。
そんな魅力的な“彼女ら”を、イラストにのせて描き出すのが、
「ガールズイラストレーター」・瀬戸楠葉(なんよう)さんだ。
楠葉さんの愛する「和」が、彼女を、「会津物語」の現地コーディネーターである、
「きもの伝承 きずな」(会津若松市七日町)の店主・三澤広明さんのもとへと導いた。
そして、そのつながりをきっかけとして、
「少しでも会津を盛り上げたい」と、「会津物語」の中で彼女の世界を描いてくれた。
ここでは、その絵に込められた楠葉さんの想いについて、お話を伺いたいと思う。
彼女が、この会津でどのように育まれ、
どのような信念を持って、自分のイラストの世界観を創り上げていったのか。
そして、どんな想いから、「会津物語」に参加してくださったのか。
瀬戸楠葉さんに訊く、彼女の軌跡―。
Interview
「レトロモダン」、古と現を内包する女性の姿。
- 編集長
- 楠葉さんの作風ですが、“レトロモダン”だったり、“女性”だったり、“テクスチャの文様“を使っていたりしますよね。
- 楠葉さん
- そうですね、元々和柄とか、そういうものが好きなので。でもそれだけを素直に取り入れてしまうと、どうしても古めかしい、真似したようなものになってしまいます。そこに自分なりのテイストを取り入れつつ……、レトロモダンと言われましたが、そうですね、現代への感覚も取り入れるようにして描いています。
- 編集長
- なるほど。ところで、楠葉さんの作品の中に、男性のイラストは見当たらなかったのですが、やはり「凛とした女性」をテーマにされているんですか?
- 楠葉さん
- はい、そうですね。
- 編集長
- 楠葉さんとお会いする前に、会津若松の東邦銀行に展示されていたイラストを見せていただいたんですが、ぱあっと色彩が目に鮮やかに入ってきました。
- 楠葉さん
- ありがとうございます。そう言ってもらえると、うれしいです。
- 編集長
- レトロモダンについて、歴史的背景で幕末がお好きって伺ったんですが、もしかして歴史女子と言われる……?
- 楠葉さん
- そうですね、歴史、幕末が特に好きで。新撰組とか御陵衛士とか……。あの混乱の世を駆け抜けた人たちの生き様が好きです。
- 編集長
- なるほど、立派に歴女ですね(笑)。
歴史を現すために、彼女の追求。
- 編集長
- 今の作風に辿り着いた理由を伺ってもいいですか?
- 楠葉さん
- やっぱり歴史が好きだっていうのが一番で、それを取り入れるために自分はどういう風な表現をしたら良いかなって、一時期模索していたんです。そうして、パソコンを使って細かい筆致で和柄を描いていく、今のスタイルに行き着きました。
- 編集長
- 基本の制作時間は一作品につき、どのくらいなんですか?
- 楠葉さん
- そうですね。まず、下書きで大まかに構図などを決めて、その後、パソコンに下絵を取り込んで描いていきます。発想を出すのに時間がかかって、それが一週間くらいになったりとかも結構ざらなので……。
- 編集長
- ああ、下絵は手書きなんですね。
- 楠葉さん
- はい。鉛筆などで描いてしまって、取り込んでトレスします。昔はずっと手書きで描いていたんですけど、2002年ごろパソコンを買って、そこで初めて画像編集ソフトに触れたんです。それをきっかけにパソコンで絵が描けるんだって知って……、パソコンだとやり直しが利くじゃないですか。それがなにより魅力だなと思って(笑)。
- 編集長
- 絵画教室に通ったり、版画をやられていたりっていうことは?
- 楠葉さん
- それはないですね……。学校の選択で「美術」をとったくらいです。
- 編集長
- へえ、独学なんですね!
- 楠葉さん
- はい、そうなんです。自分で試行錯誤を繰り返しながら、ですね。
- 編集長
- 画家さんに影響を受けたりしたことはありますか? ぼくは楠葉さんの絵を拝見した時に、ものすごく「和」なんですが、洋風なテイストも感じたというか……、ミュシャ(※)だとか、そういう風な絵がぱっと思い浮かんだんですよ。
- 楠葉さん
- そうですね。今、お名前が出たんですが、ミュシャが大好きで……、画集も持っています。意識しているわけではないんですが、影響はあると思います。
- 編集長
- いやいや、ぼくはミュシャが和物を描いたらこうなるんじゃないかな、なんて印象を受けました。色彩感がすごく鮮やかだし、模様の感覚が格調高くって、でも、どこかポップで。
- 楠葉さん
- どうも、ありがとうございます。
※アルフォンス・マリア・ミュシャ(チェコ・1860〜1939年)/アール・ヌーヴォーを代表するグラフィックデザイナー。華麗な曲線美を多用し、女性をモチーフにした華美なデザインが特徴。
たった一度きりの人生を、絵で生きる。
- 編集長
- 今度は、楠葉さんご自身のことを伺いたいと思います。イラストレーターになった理由などありましたら教えてください。
- 楠葉さん
- そうですね……。元々、小さい頃から絵を描くのが好きで、勉強そっちのけで絵ばっかり描いていました。高校の頃は、プロ野球選手の似顔絵ばっかり描いていたりとか。
- 編集長
- 昔から、物よりも人物を描かれていた?
- 楠葉さん
- そうですね。人物を描くのが好きで……。
- 編集長
- ちなみに、歴史が好きというのは小さな頃からなんですか?
- 楠葉さん
- 高校生くらいからですかね。その頃は、中国史も好きで、最初は中国史から入ったんです。三国志とか水滸伝とか。そこから、どんどん歴史に親しんでいった感じですね。
- 編集長
- なるほど。そういう風に、歴史や絵に親しんでこられたんですね。それでは、今までイラストを描き続けてこられた秘訣って、何かあるんでしょうか?
- 楠葉さん
- 私、すごく口下手で、言葉で表現するのが苦手なんです。でも、イラストだと、思っていることを汲み取ってもらえたりして、自分の内面を表現するにはやっぱりイラストしかないと思ったんです。だから、今でもこうやって続けていられるんだと思います。
- 編集長
- 小さい頃は、どんなお子さんでしたか?
- 楠葉さん
- すぅーごくお転婆でした。
- 編集長
- 絵をずっと描いていたとかじゃなくて?
- 楠葉さん
- 絵も描いていましたし、山で遊んでいたりもしましたし……。
- 編集長
- 男の子、いじめたり?
- 楠葉さん
- ありましたね。泣かしたこともあります(笑)。
- 編集長
- 完全に八重ですね(笑)。
- 楠葉さん
- そうですね(笑)。そういう時代もありました。かなり、やんちゃな時期でしたね。でも、その中でも絵はずっと描いていました。小学校の頃は、友だちと集まって、いらない紙の裏に漫画を描いて見せ合うっていうのが流行っていたので、色々と描いていましたね。
- 編集長
- 入り口は少女漫画?
- 楠葉さん
- 「りぼん」なども読んでいたんですけど……、やっぱり、どちらかというと「ジャンプ」などの少年漫画が好きでしたね。元々、女の子っぽいものよりは、男の子っぽいものの方が好きでした。
- 編集長
- 中学校になって、イラストの方向性は変わりましたか?
- 楠葉さん
- そうですね……、色んな人に見てもらいたいなと思うようになって、不特定多数の人に見せるのが目標になりました。中学生くらいまでは漫画を描いていまして……、今とは全然違って、少年漫画みたいな絵を描いていました。ストーリーは、ギャグ漫画でしたね。シュールな漫画が大好きです。ただ、絵とのギャップが激しいとは言われました(笑)。
- 編集長
- 中学校の頃から部活よりも漫画を?
- 楠葉さん
- 中学校の頃は、スポーツの部活しかなかったので、普通にソフトボール部だったり卓球部だったりしました。でも、ずっと漫画は描き続けていましたね。ただ、ある時、漫画は向いてないなと、ふと気付いたんです。専門学校を卒業するまでは、未練もあって漫画を描き続けていたんですが。
- 編集長
- 高校を出てから、専門学校に行かれたんですか?
- 楠葉さん
- はい。事務系の専門学校で、全然絵とは関係ないんですが(笑)。そのころは夢を半分くらい諦めていて……。公務員にでもなって、絵は趣味だけで描いていこうと思っていたんです。でも二十代をずっともやもや過ごしてしまって、事務のお仕事を転々として。三十になったときに、私、本当にやりたいことを何にもやれてないなって思ったんです。一度しかない人生なら、本当に好きなことを、大変かもしれないけどやってみようと決めました。地方でイラストレーターの仕事が成立するかは少し不安だったんですが、なんとかやってみようと。
- 編集長
- 地方のイラストレーターは厳しいと聞きましたが、事務でお仕事をしながら、絵を描き続けてきたんですか?
- 楠葉さん
- はい。事務をやりながら、絵はずっと描いていました。
- 編集長
- なるほど、仕事として生業にしていなかった時期があったからこそ、楠葉さんのオリジナルな世界観を、じっくりと育んでこられたのかもしれないですね。
- 楠葉さん
- そうですね。それはあるかもしれません。でも、仕事として割り切るのは、今だに苦労しています。クライアントさんが望んでいるタッチと、合わせないといけないっていうのもありますし。それはもう、今でもうんうんと葛藤しています。その代わり、仕事と離れた作品となると、自分の世界を全部詰め込んで表現するので、ある意味、ストレス解消みたいなものですね(笑)。仕事として自分の世界観を表現するのは、まだ未熟でなかなかできないので、自分の作品というかたちで表現して発信しています。
- 編集長
- お仕事ではない作品は、どう発信しているんですか?
- 楠葉さん
- 大体はホームページに掲載したり、ですね。イラストを紹介しているクリエイター系のサイトに載せたのがきっかけで、連絡が来たり、とか。
- 編集長
- 個展は開かれたりするんですか?
- 楠葉さん
- 個展はないんですが、色々な作家さんが集まる合同の展示会は何回もしたことがあります。まだ作品が多くないので、たまったら開きたいですね(笑)。
- 編集長
- 商業イラストレーターではない、自分の世界観に至るまでの苦労や思考錯誤などがあったら、教えてもらえますか。
- 楠葉さん
- そうですね。描いたものを見ていただいて、頂戴した感想を吸収しながら……。同業の方が多いですが、一般の方にも、もちろん見ていただいたりしています。30歳になったばかりの頃は、まだ模索していた時期だったので、絵のテイストも色々試してみましたが、軸として「和」を描くことがあったので、その部分はぶれていないです。
会津がくれたもの
- 編集長
- レトロモダン、和装の女性を描く際には、歴史をモチーフにされているわけですが、やっぱり会津の影響はあるんでしょうか?
- 楠葉さん
- そうですね……、街並みというか、空気感というか、七日町通りなどは特にそうなんですが、会津は街全体が「和」の雰囲気を醸しています。そういうところに住んでいるので、自然と「和」のものが常に身の周りにある感じですね。
- 編集長
- それじゃあ、「和」の柄を描く時にわざわざ調べなくても、自分の感覚としてあるんですね。
- 楠葉さん
- そうですね。創作の和柄も結構描いたりしますね。もちろん資料として和柄を見たりはしますよ。
- 編集長
- 和装を好まれるということで、そのきっかけというか、理由を教えてください。
- 楠葉さん
- 元々は友だちが着ていたのを見て、良いなと思ったのがきっかけなんです。やっぱりどうしても、和物を描くのには自分で着てみないと分からないことが結構あるので、実際の感覚の世界から、「和」ともっと触れてみようという想いから、着付けを勉強しようと思ったんです。
- 編集長
- ああ、イラストが先だったんですか。
- 楠葉さん
- そうです。描いていて分からないな、ということが結構あったので。
- 編集長
- 勝手なイメージなんですが……、楠葉さんは、和装を着るような環境、たとえばお家の人が着ていて、それで「和」の絵を描くようになったのかなと思っていました。
- 楠葉さん
- いえいえ、うちはあまり着物を着る家ではないもので……、イラストから入りました。実家は洋服屋です。呉服屋じゃないんです(笑)。
- 編集長
- なるほど。まさに、「和」と「洋」の融合、ですね(笑)。
できることを、少しずつ。
- 編集長
- 福島ということで、やはり震災の影響はあるかと思います。東日本大震災のチャリティーで、楠葉さんがポストカードプロジェクトに参加されたということを、HPで拝見したんですが。
- 楠葉さん
- 会津は震災の風評被害こそありますが、ものすごく大きな被害は出なかったんですね。他の本当に大変な地域よりは余力があるので、その中で自分にできることは何かと考えた時に、絵しかないなと思ったんです。その時、ちょうどそういう企画があったので、それだったら自分もできると思って参加しました。ポストカードを出して、買っていただいたお金で、少しでもお役に立てるのであれば、本当にありがたいなあって。
- 編集長
- 震災に対して何かしたいと思う人はいっぱいいると思うのですが、実際にアクションを起こすということは難しいですよね。それを、「行動」にまでもっていけたというのは、何か理由があったのでしょうか?
- 楠葉さん
- 震災の後で、不安で絵を描きたくない時期があったんです。それでも過去の作品はあったので、そういうものを使って、心理的に辛い状況でしたが、参加できるかなと思ったんです。不安でも、せめて何かしたくて……。やっぱり大切なのは、できることをすることだと思っています。
- 編集長
- 今は、もう絵を描かれているんですか?
- 楠葉さん
- ペースはゆっくりですが、やっと描けるようになってきました。震災直後は、やっぱりショックでしたね。テレビで見ていて、自分はとんでもない被災者になったんじゃないかという思いが出てきてしまって……、テレビもパソコンもつけたくないという時期がありました。
- 編集長
- 今は、ご自身の中で、大分それを乗り越えて来たという実感はありますか?
- 楠葉さん
- そうですね。少しずつポストカードプロジェクトに参加したり、寄付をしたり、自分のできる範囲のことだけですが、何かしらできるようになって、少し気持ちが楽になったのかなあ、と。何もできないよりは、少しでも「自分のできることができた」ということに、ほっとした部分があったんじゃないかなと思います。
- 編集長
- やはり、会津の方は、強いですね。本当にそう思います。
会津を「アートで元気に」
- 編集長
- 「会津物語」で描いていただくイラストですが、楠葉さんの想い描く「会津」というものを表現してもらえればと思います。
- 楠葉さん
- うぅーん、なるべく暴走しないように気をつけます(笑)。
- 編集長
- 楽しみにしております(笑)。最後に、何か会津に対してメッセージなどあればお願いします。
- 楠葉さん
- はい。震災などもありましたし……、こういう状況なので、会津には一日も早く元気になって欲しいです。私にできることはアート系の活動だけなので、会津に「アートで元気に」なってもらえればと思っています。
- 編集長
- 「アートで元気に」、ですね。力強い言葉をいただきました。今日は本当に、ありがとうございました。
絵を描いている友人から、「描かれた絵は描いた人間に似る」と聞いたことがある。楠葉さんは、まさにそういう人のように思われた。
楠葉さんは、ご自身の絵の中の“優しい色づかい”そのままに、ふんわりとあたたかい方で、はにかんだ笑顔が、なんとも可愛らしい。しかし、その実、心は凛と強い。
故郷・会津を元気にするためならば、労は厭わない。そういった潔い覚悟を、穏やかな笑顔の奥に、静かにゆかしく抱いている―。私には、そんなふうに見えた。
楠葉さんは、八重に負けない会津乙女だった。
芸術というものには、もちろん技術が要る。しかし、ある面では、作品から滲み出てくる創り手の人柄、もっと、パーソナルな人格こそが、大切なのではないだろうか。
それは、地域と切り離された“閉鎖的な個人”のことでは、決してない。地域の繋がりによって、しっかりと育まれた“個性”だ。
作品に魅了されるということは、その作家の持つ“個性”に惹かれているということ。
匿名的な芸術作品を愛でることがある一方で、現代においては、コミュニティの中で“顔”が見える作品を愛好する、という芸術の楽しみ方があってもいいのではないかと思う。
そして、斯く言う私は、すっかり楠葉さんのファンである。
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